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今日の新聞の一面記事

2006年12月15日(金)

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ひさしぶりに地元新聞記事から。
いつも「腹立つ!!!」「ええ加減にせぇ!」って内容になることが多いのだけど、今日のも例に漏れず。

今日のTimes Picayuneの第一面。
Lakeview(決壊した堤防の1つ、第17運河の近く)に住んでた90歳代の老夫婦の写真が載ってた。
2000平方フィートの家というと、結構広い。
一平方フィートは約930平方センチメートルなので、185平方メートル、約56坪の広さ。それも敷地面積だから、かなり大きなお家だ。
カトリーナ前の相場で20万ドル弱の価値があった。

州政府の復興支援プログラムでRoad Homeプログラムというのがある。この老夫婦は保険に入ってなかったので、家を建て直したくても、もちろん収入もないし(今は子供がお金を払って老人ホームにいる)、このプログラムに登録申請してた。

このプログラムでは、一応、被害のひどかった家の修復には(地域にもよるけれど)1平方フィートにつき$130かかる、という計算をしているので、上記の広さなら26万ドルになる。そこからFEMAの支給した支援金だの何だのいろいろ引かれるのは分かる。

分かるけど、このプログラムがこの老夫婦の家に対して「あなたの家の損害額」として算出した金額は、たったの550ドルだった。

他にもこういうケースがいくつもある。

で、こういう目(有り得ない査定額)にあった人たちがこの支援プログラムのオフィスに「どうなってるんだ!」「どういうことだ!」と、山ほどクレームしてる。その査定額の通知書は「Congraturations!」で始まる。バカにしとんか!

それについて、この新聞記事を書いた記者が問い詰めると、責任者が「急いで手紙出してるから計算間違いが多いのよ、ごめんなさい」だと。

この責任者曰く、「最終的な支援金の査定通知15通のうち、11通に間違いがあった」らしい。

間違いを認めんのはいいけど・・・なんて悠長なこと言ってる場合ではない。

このプログラムに
既に登録して支援金を申請した人の数は87,303人
支援金の査定が終わったのが10,778人
査定が終わった人に対する支援金の合計金額8億2100万ドル
一件当たりの平均額7万8,714ドル

このプログラムは元々90億ドルの予算が当てられてたけど、今年の7月にアメリカの住宅都市開発省から42億ドルが追加されてる。132億ドルよ。1ドル117円計算で1兆5444億円。

なのに、一軒に550ドル(6万4350円)の支援金かよ・・・
暴れそうになるのはあたしだけ???

元の記事
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ちなみにこのプログラムに登録・申請した人に取ったアンケート結果によると、

このプログラムに申請した人の居住地
オーリンズ郡 42%
(ニューオリンズ市と川向いの一部)
ジェファソン郡 12.2%
(ニューオリンズ市から空港方面へ行った辺りや川向いの西側)
セントバナード郡 12.45%
(ニューオリンズより川下にある地域)

このプログラムから受け取る支援金の用途
家の再建 66%
家を売却してルイジアナ州内で別の家を買う 12%
家を売却して他の州へ移る 1%
未定 13%
無回答 8%

こんだけの人が帰ってきたいって言ってんじゃないの。帰りたいって言ってんじゃないのよ。どうして?????

今年最後の居候が家出しました・・・

2006年12月12日(火)

てことで、10日間ほど居候してた友人が、泣く泣く今朝(月曜早朝)日本へ帰りました。

シカゴ経由やし、3時間も乗り換え時間あるし、出来心でそのまま空港からサウスサイドへギターだけ持って直行して「しばらく帰りましぇん」なんて電話かかってくるか、と思ったけど、どうやらマジメに日本行きの飛行機へ搭乗した模様。

昨日(日曜)は、最後ということで、あちこちいろいろうろうろ。

彼女の居候中多分初めてではないか、という感じで午前中にデッパツ(っても11時ぐらいやけど)。

ほんとはね、最後だし、名物のブランチでもご馳走しようと思ったの。

Court of Two Sistersのジャズブランチへ行こうと思ったら、開いてるはずなのになぜか閉まってる・・・。ここは、噴水のある綺麗なスペイン風中庭(パティオ)があって、ディキシーランドジャズをぷかぷか演奏してる横で、料理が百数十種類はあるブッフェを楽しめるのだけど・・・残念!タートルスープ(海がめのスープ)食べたかったのになぁ・・・細切れのゆで卵が散らしてあって、シェリー酒を振りかけて食べるのが旨いのよ!

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んで、Brennan'sへ。
あはは・・・ブランチが終わる時間の2時まで全テーブル予約で一杯だって。はぁ~・・・ここのバナナフォスターを食べたかったのになぁ・・・バターを入れたフライパンに皮をむいたバナナを入れ、ブランシュガーとシナモンパウダーを振って軽くソテー。バナナがとろけてきて、ブラウンシュガーがあわ立ったらラム酒を振って火をつけ、アルコール分を飛ばしてからバニラアイスクリームにかけて食べる・・・うえ~ん!食べたいっっ!

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次は・・・これも老舗のGalatoire'sへ。
1905年からやってる店でバーボンストリートにあるのよ。着いたのが11時半過ぎだったので、二階のバーで時間待ち。ニューオリンズでは朝御飯というかブランチに思いっきり豪華な食事をするので(金持ちは・・・ね)、食欲をかきたてるために、まずミモザ(シャンパンをフレッシュオレンジジュースで割ったもの)やケイジャンマリー(ブラッディマリーのちょっとスパイシーなやつで、三度豆やオクラのピクルスをマドラー代わりに入れてあるので、それでお酒を混ぜてちょっと飲み、そのピクルスをカリカリ食べる)を飲む。あたしたちもミモザを頼み、お上品なおじ様おば様方に混ざってしばし歓談。

しかし!あたしたちは、プルオーバーを着てたので(丸首のシャツよ)ドレスコードにひっかかって、テーブルに着けず(泣)。うぇ~~ん!ここのShrimp Rémoulade(でっかい海老にちょっとスパイスを振ってグリルし、細切りレタスの上に並べてから、クリオールマスタードやホースラディッシュ、ハーブ類にクリームを混ぜたトマト味のソースをかけてある)とCrabmeat Maison(プクプクの蟹の身の塊に、ケッパー、青ネギのペースト、マヨネーズにレモンジュースを使ったソースをかけたもの)が食べたかったのにっっっ!!悔しいっ!

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う~ん。どうしよ。K-Paul's Kitchen(関連するページへのリンク)は日曜やってないし、Antoine's(関連するページへのリンク)は高過ぎるし、Arnaud's(関連するページへのリンク)もランチやってないし、Begue's(関連するページへのリンク)も一杯だし・・・

そだ!と思いついて、Napoleon Houseへ。ここは、1812~1815年にフランス領時代のヌーベルオルレアン市長・ニコラス・ジロッドが住んでたのだけど、セントヘレナ島に流されたナポレオンをこの地に呼ぼうと建物を寄付したもの。結局ナポレオンはアメリカ大陸の土は踏まなかったけどね。この建物、今はレストラン&バーで、ちっちゃな中庭があって、二階ではパーティも出来るようになってる。

彼女には、グレービーソースをどばぁ~っとかけたローストビーフポーボーイサンドイッチ。外はパリッで中ふわふわしっとりのフランスパンに、何層にもローストビーフをはさんで、マヨネーズ、レタス、トマト、ピクルスを乗せたもの(これをDressedと言う)。これにプロボローネチーズのスライスをプラス。

あたしは、これも名物のマファレッタの1/4。直径25~30センチくらいあるシシリア風の丸いパンに、オリーブサラダ、イタリアンランチョンミート、サラミ、イメンタールチーズ、プロボローネチーズをはさんだサンドイッチ。ほんとにでかいので、四分の一で充分。これは、Decatur StにあるCentral Groceryというイタリア系スーパーがニューオリンズではオリジナル。ちっちゃいカップのシーフードガンボを付けて。

あははははっはははっははは~はああははは~
旨かった!(笑)

もう胃は苦しいんだけど、デザートも味わってほしいなぁ・・・と名物のブレッドプディング(硬く乾燥させたフランスパンをバタークリーミーソースに漬けて、レーズンやナッツを入れてオーブンで焼き、カラメル風味のソースをかけたもの)を頼もうとしたら、夕べ大きなパーティがあって、シェフがスペシャルデザートとして、マンゴと梨のコンポートにブルーチーズをまぶしてパイに焼いたものがあると言うではないか!ウェイターの思惑に思い切り振り回されてしっかり注文。ああ・・・胃がもう3つほど欲しい・・・状態。

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店を出てからご存知Louisiana Music Factoryへ。ここで彼女はイヤほどCDとDVDを買い込みました。

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ほんとは、Historic New Orleans Collectionで開催されてる「City of Hope」という展示を観に連れていきたかったけど、日曜はおやすみ。残念!

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さて、日が落ちる前に、と、被害の酷かったところを見せに。9th WardやGentily、Mid-Cityを回りました。たとえ堤防の側でなくったって、まだ人が住めない、戻れない地域はいーーーーーーーっぱいあるのです(写真はまた別にアップします)。

いったん、家に戻ってうちの主人を拾ってから、こっちの友人一家(笑)と一緒にDrago's(関連するページへのリンク)へ行こう!と思ったものの、ここも日曜は休み。ここの生ガキもうまいけど、なんせ、炭焼きの牡蠣が旨すぎて泣くほどなのよ。二種類のチーズをおろしたものとハーブとガーリックバターを、殻に乗った新鮮な牡蠣の身に乗せて炭火で焼くの。チーズが溶けて、バターが溶けて、牡蠣の身がグツグツ熱々に焼けて、そりゃぁ、もー、これ書いてるだけで叫びそうになるほど(笑)。

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でも、休みなものは仕方ない。メテリーのコーズウェイ近くにあるAcme Oyster Houseへ入って、生牡蠣、グリルした牡蠣を食べ、顔ほどあるでかいグラスでビールを飲み、エトゥーフェだのソフトシェルクラブだの、マリネしてからグリルした海老だの、マス料理だのをみんなで頼んで食いまくり。ここのもおいしいのよ~!バナナフォスターパイにカラメルソースをかけたのを頼んで、次の日にはいなくなっちゃう居候の友人に対して別れを惜しんで散会。

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家へ戻って、友人は荷物の整理。スーツケースに文字通り乗ってまで鍵をかけたものの、どーしても入らないものが・・・50センチくらいある真っ赤なザリガニの付いた帽子(爆)。

仕方なくクッション代わりに手に持って、朝7時、彼女は、来たときよりちょびっと厚みを増したウェストと共にゲートへと消えていきました・・・・・

そういえば、あたし、先週、胃を壊したばっかだった・・・
( ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄; アリャ?

居候

2006年12月06日(水)

ここ数ヶ月、短期居候(数日~数ヶ月)がかわりばんこにうちに居てる(笑)。

たいして広い家とちゃう・・・こたぁないか、日本であたしらの収入で住めるアパート考えたらかなり広いな。
せやけど、居候用に別の部屋があるわけとちゃうし、でっかい部屋がどーんとあって、そこにリビングとダイニングとキッチンがある、その上にちっこいロフトがあって、そこで居候たちは寝るんである。

プライバシーはじぇんじぇんない。そのロフトからさらに階段がのびて、あたしらの寝室&あたしの仕事部屋であるでっかい屋根裏部屋へ続くから、あたしとうちの旦那はこのロフトを通過しないと居間や台所へ行けない。

うちに来る居候は、居候らしく、しっかりこきつかわれる。洗い物、ゴミ出し、掃除・・・料理も手伝わされるし。うちの旦那の飲み相手もこなし(笑)、あたしの愚痴聞き相手もこなし(爆)。

んでも、うちに居候に来る子らが次から次へと続くのはなんでやろ?

お陰で、うちの旦那はすっかりスポイルされて(本来うちの旦那の仕事を居候がこなしてくれるから)、居候と居候の合間は大変や・・・(* ̄(エ) ̄)/

今年の夏、カトリーナの一年後に公開されたスパイクリー監督の作品「When the levees broke」がベネチア映画祭でドキュメンタリー部門で受賞しました。

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ここに紹介されてる「U.S. VS ジョン・レノン」って映画、観てみたいなぁ

あと、2月から、ロバート・デニーロとラッパーの50 Centが映画の撮影を開始するみたい。タイトルは「New Orleans」で、カトリーナで死んだと思われてた警察官の相棒の死が他殺だったことが判って、それを探っていくうちにニューオリンズ警察の腐敗ぶりがあばかれる・・・みたいなストーリー。死んだ警察官の相棒役がロバート・デニーロで、その新しい相棒として一緒に捜査すんのが50 Cent。

元々、この映画はロスを舞台に作る予定やったのを、カトリーナ発生後にプロットを大幅に書き換えてニューオリンズに変更したらしい。

それはいいけど、ラッパーが警察官役(Ice Tもテレビの刑事モンに出てるし)て、な~んか違和感あんのは、あたしだけ?
ちなみに50 Centは、1月にアメリカで公開されるイラク戦争を扱った映画にも出てるらしい。

ニューオリンズもここんとこ、かな~~り寒い。でも、昼間はTシャツでもOKってくらい暑かったりする。み~~~~んな風邪引いてまんねん~(┯_┯)
あたしは、やっと回復したけど。

今更

2006年11月26日(日)

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ですが、友だちから、こんな写真が送られてきました。

見たくなかったけど、見てしまった。
見てしまったら、心臓がどきどきして、怖くなってしまいました。

ただいまっ!

2006年11月25日(土)

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サンクスギビングをオースティンのシリル宅で過ごして、無事帰ってきました。
ギリギリまでバタバタしたのは、いつもの事とはいえ、疲れる・・・


行きは、早く出たかったけど、あたしの仕事は終わらんし、旦那は3週連続で演る劇(Phyllis Hymanの伝記)の仕事のリハが遅くなって、結局出たのは午後4時半。

サンクスギビングは、日本のお正月みたいに、家族が集まる行事の一つなので、道はしっかり混んでました。ちょうど、普通の人が仕事終わる時間帯にかかってしまったせいもあるし、市外に住んでる人が普段より多いし、親戚や家族がニューオリンズ以外に移った人も例年より多いし。マニュアル車はこーゆーときキツイ・・・(┯_┯)

途中でシリルんちに電話して「遅くなりそう・・・だけど、ダイジョブ?」って聞いたら、「毎年朝の3時や4時まで料理してるから絶対大丈夫!」って言ってたのに、2時半過ぎに着いたらみんな寝てた(* ̄(エ) ̄)/ 電話でたたき起こしてしまいました。すんません・・・

朝10時前くらいに起きた。う~~~~ね、眠いっっ!でも、料理とか手伝わなくっちゃっ!って、あたしは一生懸命女性陣(シリルの奥さんのゲイネルと娘、姪っ子たち)に混ざってピーマンやネギをみじん切りにしたりしてんのに、ヒロナリはソファーで爆睡ヾ(ーー )ォィ

シリルが「ヒロはどうして二階(ゲスト用の部屋)で寝ないんだ?」と聞いてきたので、「あたしも分からんっ!」と言いたいところを、「あ~え~っと、う~んと、みんながいるとこに一緒にいたいんじゃないかしらね」と答えると、「?・・・」な顔でシリルが去っていった・・・

いくら、「自分の家だと思って、くつろいでね」って言ってもらったからって、何時間もみんなが働いてるのを横目に他人の家のソファーで寝るなぁっ!ヾ(ーー )ォィ

料理一段落して、庭をちょっとお散歩した。散歩するほどでかいんかいっ!と突っ込みたくなるけど、でかいんです。散歩するほど。うちの家の庭なんか三歩で終わりやがな・・・と、関西人ならボケたくなるとこですが。

庭の真ん中にファミリーツリーと呼ぶ木が3本あった。枯れ木なんだけど、ちいちゃいの2つはマルディグラの色に塗ってあって、でっかい一本は、周りをレンガで囲んで、枝にマルディグラビーズをいくつかかけてありました。大阪に来たとき連れてったいくたまさん(生國魂神社)のお守りも2つぶら下がってた。

みんなで料理してるときも思ったけど、家族がすごく仲がいい。上っ面だけじゃなくて、大事にしてるのがよく分かる。知らない人がいっぱいの集まりに行くと、あたしは結構疲れてしまうタイプ(意外とね)なんだけど、ぜんぜんそんな感じにならなかった。みんなあったかくて、いい感じ。写真はシリルとゲイネルの初孫。かわいかったぁ・・・


夕方4時くらいからサンクスギビングディナー開始。総勢28人!すげ!

料理は

ガンボ(チキンとソーセージとカニ入り)
ディープフライドターキー(スパイス類に丸一日漬け込んだターキーを丸まま揚げたやつ)
ローストターキー
ピーマンの肉詰め二種類
ポテトサラダ
スイートポテトパイにホイップクリーム乗せたやつ
ブレッドプディングにキャラメル味のグレービーをかけたやつ
ケーキ4種類(7-Up ケーキとチョコケーキとパウンドケーキとマーブルケーキ)

前菜がガンボ、というのが笑える~(⌒-⌒)
お腹空いてるし、料理が出来上がるまで待てなくて、みーんなガンボ食べてるのよ。ご馳走が入らなくなるじゃん!といいつつ、あたし以外全員食べてたし、ヒロナリのを味見させてもらったら旨くてガマンできなくなったので、あたしも軽く食べたのだった・・・

上の料理全部食ったし、
絶対これだけで3キロは太ったな・・・(^▽^;)

普通のターキーって、スパイスだのハーブだのをすり込んで、お腹ん中にアメリカ風パン粉だったりコーンブレッドだったりをナッツやドライフルーツや刻んだ野菜類や牡蠣なんかを詰めて(組み合わせは地域によっても違うし、家庭によっても違う)オーブンで焼くんだけど、ケイジャン料理では揚げるのよ。

ターキーって結構でかくて、10ポンドとか12ポンド(5~6キロ)くらいあるのはざらだから、かなりでかい寸胴鍋が必要だし、絶対外でやらなくちゃ危ない。プロパンガスをでかいガスコンロにつないで、揚げるんだけど、揚げ油だけで5ガロン(19リットル弱)くらい必要だし、大変なのよね。1ポンド当たり3~4分計算で200度くらいで揚げる。

でもね、旨いんだ、これが!外の皮はパリパリで、油は外に出ちゃうのか、ぜんぜん油っぽくない。一晩漬け込んであるから、味もしっかりついてて、もー、誰もいなかったら骨までしゃぶりつきたいくらい旨かった・・・シリルお父ちゃんが、庭で一生懸命料理してました。

もちろん、ターキーを切り分けるのは家長の仕事なので、テーブルでシリルがスライスしてみんなのお皿に入れてくれました。

結構ワイン飲んだし、楽しくておいしくて気持ちもお腹も一杯になって、眠くなっちゃって、部屋に上がって一時間ほど寝て、降りてきたら、大人はほとんどいない( ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄; アリャ?
みんな疲れて寝ちゃったのね。男の子たちはテレビゲームとかしてたみたいだけど。

子供達のうち、女の子だけが3人いたので、手伝ってもらって後片付け開始!皿洗いからオーブンからフライパンから鍋から、テッテーテキに洗い物しまくり、ゴミも捨て、余った料理をラップしたり、冷蔵庫に入れたり。終わってキレイになって、お茶入れてほっこりしてから寝ました。

朝9時半起床。この日は、6時からヒロナリは仕事なので、遅くても10時には出ないと間に合わない。起きて歯を磨いてたらシリルが庭から入ってきた。何時に寝ても、お日様と一緒に起きるんだって。ゲイネルも起きてきて、お別れのはぐはぐ。

行きしなにお弁当を入れてた入れ物に、ブレッドプディングとかポテサラとかいろいろ入れてもらった(* ̄∇ ̄*)エヘヘ

名残惜しいなぁ・・・もっとゆっくりしたいなぁ・・・と後ろ髪引かれまくりだったけど、しゃーない。

いったんフリーウェイに乗ったら、ガンガンぶっ飛ばして、6時入りのところ、6時15分着。は~滑り込みセーフ!

ちなみに行きも帰りもあたしが運転しました。だって、あたし、すぐ車酔いすんねんもん・・・(┯_┯)

往復1060マイル、約1700キロのミニ旅でした。帰り道の空がきれいだった・・・

欲張るとロクなことない

2006年11月19日(日)

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てのは、身に沁みて分かってはいるんだけどつい・・・ね

こないだの日曜にセカンドラインでイヤほど歩き、240枚も写真撮って、その夜はインディアンプラクティスへ行って、5キロくらい痩せたんちゃうか・・・と勝手に思ってたけど(笑)、次の日から仕事は忙しいは、MSGのアレルギー起こすは、友だちのガレージセールの値札付け手伝いに行くは、で、バタバタしてるまにもう週末(┯_┯)

こないだのセカンドラインの写真、240枚からめぼしいのを選んで(それでも80枚くらいある)整理した。

このセカンドラインを主催したソーシャルエイド&プレジャークラブという、ニューオリンズならではの地域発生型相互扶助組織の説明もしようと、英文を訳し始めたらこれが結構量があるんである。

それをまた読みやすくまとめて・・・なんて欲張ってるうちに、今日は市内のLafayette SquareであったNew Orleans Blues Festivalへ遊びにいっちまいました(笑)。

今年初めて開催されたこの無料ブルースフェス。今日の午後だけ、野外ステージ大小一個ずつ、出たバンド&ミュージシャンは全部で15組。Doheny Blues Fesなんかと同じやり方で、二つのステージで交互に演奏やるのだけど、カタッポが終わったら速攻でも一つのステージの音が鳴るので、ばぁ~~~~っと動かなきゃなりません。っていっても、ちっちゃい公園なんで、走れば1分くらい、いや30秒くらいかも。

メインステージ
NOPD Blues Band 11:00 AM
Rockie Charles 12:00 PM
Mem Shannon & the Membership 1:00 PM
Coco Robicheaux 2:00 PM
Little Freddie King 3:00 PM
Marva Wright & the BMWs 4:00 PM
Snooks Eaglin 5:00 PM
Walter "Wolfman" Washington & the Roadmasters 6:00 PM

ジュークジョイントステージ
Armand St. Martin 11:40 AM
Judy Spellman & Co. 12:40 PM
Big Al Carson 1:40 PM
J. Monque'D 2:40 PM
Sansone, Krown & Fohl 3:40 PM
Andy J. Forest 4:40 PM
Sunpie & the Louisiana Sunspots 5:40 PM

ジャズフェス協会が中心になって、ニューオリンズ警察及び司法基金、地元の銀行や中古車センターにレストランなんかが協賛してます。この日の午前中は約8キロの市民マラソンもやってて、参加費用がニューオリンズ警察と司法の基金(殉職したり仕事中に傷害を受けた警察官や消防士なんかの家族へのサポートとか、いろいろ)に寄付されました。

ちっちゃいフードブースがいくつか立ってて、ビールやソフトドリンク、ケイジャン料理なんかを売ってました。近所のみんなが秋の午後を楽しむ、てな感じで和気藹々とよろしいんじゃないでしょーかってムードでした。

ちかれたび~(古っ!)

2006年11月13日(月)

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今日(日曜)は、昼間、超大型セカンドラインがトレメ発であった。
写真、デジカメのメモリカード一杯まで撮った。
4時間、踊りながら歩いた。

夜、6時半から先週と同じく、アップタウンのインディアンプラクティスを観に行った。
たった二週目なのに、既に大幅にヒートアップしてめちゃめちゃかっこよくなってた。途中で鳥肌立つ場面も何度かあった。
またもや、マルディグラインディアンのドラムに合わせて、1時間強踊った。
写真20枚くらい撮った。

すんません。今日報告する体力&気力&集中力&時間が
もう残ってましぇん(┯_┯)
明日(月曜)朝一で締め切りが2本あるっつーのに、
もう日曜日の夜中11時半( ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄; アリャ?

マルディグラインディアンのプラクティス

2006年11月09日(木)

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ニューオリンズファンにはお馴染みのマルディグラインディアン。それ、何?という方は、ここの説明を読んでね。

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(ちょっと前のものだけど)

この間の中之島のイベントに来日したモンクは、そのトライブ(部族)の1つ、Golden EaglesのBig Chief。その人柄はほんっっっっっっっとに素晴らしくて、こんなお父ちゃんほしいっ!(笑)という気持ちになります。

先週、ヒロナリが、そのモンクとギグしたときに、モンク&モンクの幼馴染のドラム担当ニックおいちゃんから、「この日曜日からインディアンプラクティスが始まるからおいで」と誘ってもらいました。

これからマルディグラまで、毎週日曜日マルディグラインディアンたちが集まって、チャントやダンスや歌の練習をするわけです。日本の祭りの練習と同じ感じかなぁ。週を追うごとに、いい音になっていき、熱気が高まっていき、気持ちも高揚していくんだよね。

いやぁ~行ってよかった。今年の第一回目だから、まだそんなに盛り上がってないんだ、これからもっとよくなるよってニックおいちゃんは言ってたけど、うねるようなバイブで、あっという間の一時間やったわ。

ちょっと広いバーでやってて、あたしたちの他に、白人も結構見に来てたし、飲み物売ったりしてたけど、あれは、知り合いに誘ってもらわないと、住んでるあたしたちでもちょっと行きにくい感じはあるなぁ。プロジェクト(ゲットー)の中ではないけど、普段買い物なんかでウロウロするような地域じゃないし。

これから、日曜は、スケジュールが空いてればできるだけ行きたいと思ってます。

マルディグラインディアンやマルディグラの写真はあたしのフォトアルバムにもあるし、このサイトも見てみてね。

関連するページへのリンク


※一番上の写真二枚で、真ん中で踊ってるのがインディアンたち。
いろんな踊りや仕草があって、それぞれ意味がちゃんとある儀式的なものなのです。

ジャズフュネラルとセカンドライン

2006年11月07日(火)

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ニューオリンズ名物(?)の一つ、ジャズフュネラル(お葬式)とセカンドライン。 この街では、「We put FUN in Funeral」なんて言ったりします。

家族や友人が亡くなることは、寂しく悲しいことだけれど、キリスト教の考えからは、うつしみの苦しみが終わって、神の許に召されることはお祝いすることでもあるわけで、お葬式が終わった直後は悲しい曲を演奏するものの、一転して陽気な曲が演奏されて、お墓まで、またはその人の家まで、パレードが行われます。

もちろん、すべての人のお葬式がこの形態を取るわけではないけれど、ミュージシャンや地域に貢献した人などはその栄誉に服せるのです。

バスドラ、スネアに、トランペットやトロンボーン、スーザホンなどが第一列目で演奏しながら練り歩き、その回りや後ろやを第二列目(セカンドライン)でお葬式の参列者や近所の人達、観光客まで入って踊りながら歩いていきます。

この間の土曜日に、リトルジョーという人のお葬式とセカンドラインがありました。リトルジョーについて、個人的なことはあたしはよく知りません。

一昨年、ジャズフェス期間中に、ニューオリンズ名物バーの一つ、Donna'sでバイトしてたときに店でよく会いました。明るくて面白い、人懐っこい笑顔の人で、何か冗談を言ったときにあたしが彼のお尻をはたいたのをエラく気に入って(笑)、あたしにお尻を触られた~~!といつも笑ってギャグにしてました。

あとは、彼のいたJoe's Crazy Cornerでミキちゃんが働いてるときに、チラシ寿司を差し入れに行ったら入り口に座ってて、ハグしたぐらい。

それだけだけど、とっても印象に残った人だったので、お別れとお祝いに出席できてよかった・・・

パシッとスーツを決めたジョーはかっこよかったよ

この一週間

2006年11月05日(日)

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うちの旦那ヒロナリが28日にこっちへ戻ってきて、早一週間が過ぎた。

28日の昼、ぜーーんぜん知らない人から電話で、今日の夜、9時半から1時頃までヒロナリに仕事してほしいとの依頼。
夜まで待っても他に誰も見つからなければ、という条件出したら、「やっぱり見つからない」と言ってきたので、ヒロナリのアンプを車に積んで空港へ迎えに行った。

飛行機の到着は7時半過ぎ。荷物取って、そのままコーズウェイ(ポンチャートレイン湖にかかる世界で一番長い橋:24マイル、38キロ強)に乗って湖の北岸にあるコビントンという町へ。1時間弱かかったんで、入り時間の9時ギリギリ。

行って、顔見ても、ぜーんぜん知らない人たちばっかし。ん~~~???電話番号なんで知ってんの?とたずねたら、知り合いに電話かけまくってギターを探してたときに、OTEL(以前ヒロナリがやってたバンド)のリーダーに教えてもらったとか。

店は、白人95%の結構広いダイキリバー。バンドは、80'sと90'sのヒット曲をやるバイショーバンド。男性と女性のツインボーカルと、サックス二本、トランペット、トロンボーン、ベース、キーボード、ドラム、ギターの10人編成。

バーボンストリートの仕事から遠ざかって数年経つヒロナリは、曲を思い出すのに一苦労&曲は聞いたことあるけど演ったことないのがいっぱい。楽譜渡されてもねぇ・・・

何とかかんとか3ステージをこなし、1時の時点で、まだバンドは演奏してたけど、アンプとギターを持って車に飛び乗る。ダウンタウンのHowlin' Wolfって店で2時から演奏しなきゃいけないんだもん。

ひょえ~~~っと飛ばしたら、2時ぴったりに到着。ちょうどそこで夏時間が終わって、時計上は1時。あ~ややこし。

ハロウィンが近いんで、仮装してる客がほとんど。Johnny Sketch & Dirty Notesの連中も一緒だったのだけど、6年ぶりくらいかな、会ったの。昔、ALL THATの頃にMarmaid Laoungeでよく一緒だったけど、最近彼らはすごく頑張ってて、ツアーもしょっちゅう回ってる。見た目は大分おっさん化してた(笑)。

翌日はTipitina'sで演奏。

30日は、Maria Maldaurのツアーにギターとして参加してる象さんに会いに、再びTipitina'sへ。その前に日本食レストアンで象さんとお寿司食べた。ヒロナリは家で寝てたけど(笑)。ギター弾きの板前・タダちゃんがいろいろサービスしてくれて、ひらめの縁側だの、鯛だの、あんこうの肝だの、甘エビだの、ウニだの・・・・旨かった!タダちゃん、ありがと!象さん、奢ってくれてありがと!

Mariaのステージは3年ぶり、3回め。昔の真夜中のオアシスなんかもやるけど、あたし的には最近のブルージーな曲が好きやなぁ。かすれ気味の声がいい感じ。象さんのギターは、渋いいい仕事してた。

翌日は昼間、象さんとオイスターを食い、ポーボーイサンドイッチを食い、ミシシッピ河沿いで記念写真を撮ってバイバイ。

夜は、うちで、お好み焼き&たこ焼き大会。ヒロナリは二階で寝てたけど(笑)。日本人6人、アメリカ人2人。海老とイカのお好み焼きに自家製ゆず胡椒つけて、ちょびっとマヨネーズ、ちょびっと生醤油かけて食ったら、旨かった!大葉が手に入らなかったんで、バジルの生の葉っぱとモッツェレラチーズを乗せて焼いたんも旨かった!

その夜はハロウィン当日。ビッグチーフのモンクから仕事をもらってたんで、フレンチマン通りにあるPalm's Tavernという店へ10時に入る。もーーー人が溢れてぐっちゃぐちゃ。最盛期のバーボン通り状態。それも、みんな仮装してるし、異様な熱気。車は通れる状態じゃないし、歩きもままならぬ混み具合。店の中も、トイレに20分並ぶ状態。ひえ。

ハウスバンドがバックを務めて、ヒロと、バスドラのニックだけがモンクの連れてきた面子。このバンドにギターが二人もいるのに、モンクから仕事頼まれた意味が、音出し始めてから判明。このハウスバンド、マルディグラインディアンものを知らんのである。ぎえ。ヒロナリはキー出しから何から、シキリに大忙し。なかなかにスリリングなギグだった。

木曜日はChickie Wah Wahで、Kirk Joseph's Backyard Grooveの定期ライブ。

ヒロナリは、サンフランシスコから友人夫妻が遊びに来てくれてて、空いてる日&夜は遊びに出かけるので、時差ボケを調整するヒマもなく、まだぼ~~~っと昼行灯状態。

年齢とともに、時差ボケ解消にかかる時間が長くなる・・・(┯_┯)