20数年間、ブルースバンド「憂歌団」のリードヴォーカルとして絶大な人気を誇ってきた。70年、80年、90年、そして21世紀に入っても大阪を代表するメジャーシーンを歩んできており、その"天使のダミ声"ともいえる声の魅力、独特の唄いまわし、ブルース・フィーリングは、他の追随を許さないところである。1994年以降、ソロ・ヴォーカルとしての動きも開始し、ひと味違ったポップ感覚溢れたアルバムを発表し好評を得ている。1998年、盟友、有山じゅんじとのDUOアルバム「木村くんと有山くん」を発表。1999年新バンド「CUM'CUM'」を結成。2000年ファーストアルバム「CUM'CUM'」を発表。2001年手塚治虫原作「メトロポリス」の挿入歌を担当。2002年「私立探偵マイク」に役者として出演したり、華原朋美「あきらめましょう」の作曲や、2004年木村が歌う「フシギナチカラ」が「NHKみんなの唄」に決定するなど多方面で活躍中。
1960年代に多感な10代をすごし、12才からギターを持ち始める。1968年「五つの赤い風船」に参加。1973年「上田正樹とサウス・トゥ・サウス」を結成、日本のロック史上に残る正真正銘の傑作「ぼちぼちいこか」「この熱い魂を伝えたいんや」を発表。一躍全国にその名をとどろかす。1976年の解散と同時にソロ活動を開始。ラグタイムブルースをベースにしたセンスフルなフィンガー・ピッキングとスウィートな歌声で、アコースティック・ギター弾き語りの確固たるオリジナルスタイルを確率しながら全国でライブ活動を展開。未だ着実なファン・ベースを築きながら、同世代から若い世代まで数多くのミュージシャンにリスペクトされ続けている。
1951年高知県生まれ。1973年同志社大学在学中、"ブルースハウス・ブルースバンド"のシンガー兼ハーモニカプレーヤーとして関西ブラックミュージックシーンに登場する。1978年"ダウンホーマーズ"に参加し、レコードデビュー。"nyudow"は土佐中学校時代からのニックネーム。ライブやスタジオワーク、セッションリーダーとして幅広く活躍。1987年にヴォーカルトレーナーをはじめ、プロ、アマチュアを問わず、"オールジャンルに対応した歌と体の総合システム"をテーマとして多数のシンガーに歌の指導を行っている。1995年に目黒教室を開設。高知市文化事業団制作の市民ミュージカル「絵金」へのトレーニングアシストや鹿児島ゴスペルクワイヤーや各地ライブハウスなどでのワークショップも手がけている。声とハーモニカによるスタジオワークも数多い。
10代の頃より関西のロッ、ジャズシーンで活躍後、1975年、単身渡米、メンフィスのソウル・ミュージシャンと交流。帰国後、山岸潤史らとともに"ソー・バッド・レビュー"を結成。日本のロック、ソウルシーンに大きな影響を与えた。その後、ランディ・クロフォード、オーティス・クレイ、アン・ピープルスなど、多くの海外ミュージシャンと共演する。1989年、Char とのアコースティック・デュオ"BAHO"を結成。1996年から、「石やん一人旅」で全国を、またブラジル、アルゼンチン、ペルー、サモア、トンガ、フィジー及びジャマイカ、メキシコを飛び回り演奏するなど、世界を股にかけた活動も展開。2003年から3回にわたり小笠原諸島にてライブを行うなど新たな活動も展開中。
80年代にNANIWA EXEPRESS、90年代にHUMAN SOUL そしてBAND of PLEASURE を底辺から支えてきた、日本屈指のグルーブ・ベーシスト。骨太のサウンドにスリルあふれるスピード感は、あたかもラバーバンドのように伸縮しながら、聴くものをグルーブの世界へ誘う。その評価は国内のみならず、世代を越えて広く海外のミュージシャンにも認められている。特にドラマーからの評価は高く、James Gadson、Bernard Purdie、Dennis Chambersらと数多くの共演盤を残している。現在はプロデューサー/ベーシストとして活躍すると共に、石田長生トレスアミーゴスや、山口武 ULTRA TRIO に参加している。2002年夏ごろからはNANIWA EXP の再始動も開始しその活動範囲はますます多岐にわたっている。
日本に数少ない本格派フラメンコ・カホン奏者として、多くのスペイン人、日本人アーチストに支持される。またドラマー、パーカッショニストとしても、様々なジャンルのライブ、録音に参加し、絶大な支持を集めている。トレスアミーゴスでのレコーディングは日本でも数少ない全曲カホンでの作品となっている。
福岡県生まれ。70年代前半、塩次をリーダーとするWEST ROAD BLUES BAND は京都を拠点に活動。B.B.KING 大阪公演の前座でデビュー。そのステージでB.B.にセッションを申し込まれ共演する。その後、WEST ROAD B.B は圧倒的演奏により全国にその名を知らしめ、日本中にブルースブームを巻き起こす。現在ではBLUES GUITAR MASTER と呼ばれ、海外でも評価を得ている。B.B.KING、ALBERT KING、高橋真理子、杉山清貴、SMAP、他多数と共演やレコーディングを行う。映画リバイバル・ブルースに奥田瑛ニ、桃井かおり、内藤剛志と出演、サントラも手掛ける。2004年10月には「LIVE COLLECTION VOL1」発表。自己のバンドS.S.Bにて京都を拠点に全国的にライブ展開中、CDソロアルバム製作中。
中学生の頃からギターを始め、17歳の時に「ファッツ・ボトル・ブルースバンド」を結成。1976年に伝説のコンテスト「8.8.Rockday」にて最優秀バンドとなる。塩次伸二率いる「ダウンホーマーズ」でレコードデビューを果たす。その後「有吉須美人とアリヨズシャッフル」に参加。ジャパン・ブルースカーニバルツアーを行い、アルバム「ピアノブルー」に参加している。近年は S.S.B で塩次伸二の片腕としてその技量を発揮、精力的に活動している。
14才の頃より独学でエレクトリックベースを始め、アフリカをルーツとするブルース、サンバなど各地の黒人音楽に影響を受けるCBSソニーよりデビューしている「アプサラス」に加入。1985年マイルス・デイビスのオープニングアクトとしてモントルー・ジャズフェスティバルに出演する。その
後、多数のミュージシャンのサポートとして、関西を中心に演奏活動、レコーディング等を行う。地を這うようなグループ感のあるベーシストである。
1985年生まれ、19歳、神戸市在住。小学5年生の頃よりボイストレーニングに通い中学2年生からバンドで歌い始め、YAMAHA「TEENS ミュージックフェスティバル新人賞」獲得。その後も「神戸ゴスペルアカペラコンテスト」「のものもカラオケ選手権関西大会」「六甲ボーカルコンテスト」などで優勝。16歳の時に塩次伸二氏に出会いブルースの道へ。ポール・ジャクソン、ジェームス・リーバイ(ともにハービー・ハンコックのメンバー)や昨年来日したバーナード・パーディーにその歌唱力を絶賛される。今後が大いに期待できる大型新人。
神戸市在住 1979年に女性R&Bバンド「烏丸車庫」で「8.8.Rockday」にギタリストとして出場。全国大会にてその演奏を記念アルバムに収められる。ライブハウスなどで精力的に活動をするが、バンドは解散。その後の長いブランクを経て、ギタリストのみならずシンガーとしても活動を再開し2002年「神戸ゴスペルコンテスト」にて優勝、そのステージングを高く評価される。office-KARASUMA主催。
アメリカ・ニューヨーク・ブルックリン生まれ。大阪在住。子供の頃TV番組でStevie Wonder がドラムを叩いているのを見て感銘を受けドラムを独学ではじめる。1日に8時間を越えるレッスンを重ね、あらゆるジャンルの一流プレイヤーと活動を共にするようになり、ジャズギターの大御所 George Benson とも共演する。1997年に来日、関西を中心にライブシーンで活躍し、日米のアーティスト達による作品を本国アメリカでプロデュースすべく、CD 等の音源を製作中である。音楽活動だけでなくテレビ、ラジオ、雑誌等でも活動中である。
1978年生まれ。大学在学中に日本を代表するブルース・ピアニスト有吉須美人氏のライブを観てブルースに開眼。卒業後、関西の様々なブルースバンドにて活動開始。その後、若手ブルースバンド「珍獣王国」にピアニストとして加入、塩次伸二氏をサウンドプロデューサーに迎えた CDをリリースしている。現在は「珍獣王国」「S.S.B」での活動を中心にブルースピアノの道をまっとうに歩む好青年である。